医療法人札幌太田病院創立62周年記念特集 山口喜一関連文集
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1929年12月25日発行 「山口寿一(子息)追悼文集 夏枯草」より
   癌と四博士の合議
    ([記]伊藤誠修 「対ガン事業へ」)
寿一がガンと診断されるまでの四博士の合議と喜一への告知までの経緯を綴っています。


 入院の翌日です。レントゲンの写真が出来上り、それを主任医の小川さんが見せて呉れ、そして言はれるには「どうも胃癌のようです、そして噴門部から食道へ広がっているようですが、まだハッキリした事は言えません」と如何にも気の毒そうに、尚続けて語る。
「食物が充分取れぬので胃に管をつけて食物を送る方法をとらねばならぬ事になりましょう」

  同じ日の暮れ方今博士から電話があってお伺して見ると、今博士は元気なく話された。
「あの年の若さに、めったにあるものではない胃癌にかゝっている、有馬さんやそのほかの方も見えられて困まったものだと言われた、そして手術も出来ぬ程進んでいるらしい、尚念の為食道鏡で香宗我部さんに見て頂いてから万全を期したい、それまでは山口さんにも其話をせぬよう」

  私はぶちのめされたように驚いた。あゝ死の宣告だと元気なく社に帰りました。常時の日誌に次の如く記されてあった山口さんが私を待って居られました。そして寿一の病名は何でしょう、腹膜でしょうか、結核性のものでしょうかと問はれるのでした。私はとみには返事がし兼ねた。山口さんと顔を合せている事が永ければながい程苦しみが増してくる、逃げだそうかと思って見たが、そんな事も出来ぬ、私はソッポーを向いて黙りこくった。山口さんはぎしぎし問い詰める。それは子を思う親心であろう。容易に逃げをうつことが出来なかった。こうした時間がどれほど続いたか自分は涙ぐましくなった。そこで私は
「香宗我部博士が帰って食道鏡でみてからハッキリ言うそうです」
 と言って山口さんとわかれた。其足で市川博士を尋ねた。それは丁度自分自身の病に対し慰安を求めるが如くに。


四博士の合議
 香宗我部博士は東京に於ける学会を済まし、金澤に廻り十七八日には帰られる筈で、それ迄は五六日待たねばならぬ。寿一さんは口から食事が全く摂れぬので滋養浣腸によって、僅かに命脈を保っているばかり。香宗我部博士の帰学はほんとうに待ち遠しい。果して博士の帰学迄、寿一さんが保てるかどうか気使はれる。幸にも心臓も、膓も、肺も比較的よかった。十七日朝香宗我部博士は帰った。博士もこの日午後旅の疲れを推して病院に出られた。

  愈々これで寿一さんの診断が確定するのだ。三時半頃有馬博士から電話があって、山口さんと一緒に来て呉れとの事であった。山口さんは緊張しきった面持で、有馬博士の教授室に入った。そこには首をあつめて相談中の有馬、今、香宗我部、西川の四博士の面がみられた。今博士は先づ口を切った、「寿一君の病氣の診断は香宗我部博士から申し上げます」香宗我部博士もとみには口を開かず、重苦しい数秒間は続いた。
「誠にお気の毒です、あの若さにゆめあろうとは思われぬ、癌が胃の噴門部に出来て居るようです」
「左様ですか」
と山口さんは絞るような沈痛な声で言った。香宗我部博士は続けた。
「病人も大分衰弱しているし、此儘では永く保てぬから胃瘻を作り管で滋養を直接胃に入れる事にしましょう」
「胃瘻を作ると病人も元気を快復するでしょうし又病気を確める事が出来ます」
と西川博士は説明した。
「そうした手術に堪え得るでしょうか」
「心臓が弱って居ぬから大丈夫です」
「すぐ是から手術をしたいと思いますが」
「それではお願する事にします。病人や家内には癌である事は知らさずに単に胃瘻を作る事として置きたいものです」
「承知しました」

 それから数分の後寿一さんは西川外科手術室に運ばれた。山口さんは切開立会を勧められたが見るに忍びないからとて、私に万事を託された。


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